anezakimanのアブダビ日記

アラブ首長国連邦アブダビ首長国に駐在になりました。そこで出会ったことを綴ります。

読書:アラブからこんにちは

以前にも触れた、UAE男性と結婚されて同国在住30年近くになるハムダなおこさんの最初の著書。人間と歴史と精神文化の洞察力に溢れた筆致で、著者ならではのこの国に対する広範な知識知恵と経験、深い考察、冷徹な分析の一方であふれんばかりの敬愛、情熱がいかんなく発揮されていて、読んでいてとても感動し、共感した。

アラブからこんにちは

アラブからこんにちは

 

 エッセンスを抜き出す。この国の歴史、国民性。

  • たかだか四十年前には電気も水道も学校も病院もない、貧しい後進国でした。四十年前といえばそう昔ではありません。椰子の葉でつくった貧しい小屋が並ぶ砂漠に、石油が湧き出て、建国を宣言し、いきなり時代を吹っ飛ばして、世界で最もGDPの高い国に躍り出ました。西欧世界が何百年もかけて発展してきた世界に、わずか一世代で移行したのです。そのため、華やかな表舞台の裏には、膨大な無理と無茶を抱えています。
  • 湾岸中東の人々はとても情に厚く、深い寛容を持っています。人間を鋭く観察し、一度信頼した相手とは強い絆を持ちます。過酷な自然や運命を受け入れる覚悟を持ちあわせ、イスラームの戒律を守り、神を畏れ感謝して生きています。
  • 今は亡きザーイド大統領も、ドバイ首長も、この劇的な変化の渦中でいつも心に刻んでいるのは、「自分たちがどこから来たかを忘れない」ことだそうです。ですから夫も含め、その世代のUAE人は神に感謝することを忘れません。そして何事に対しても強く、懼れず、諦めず、寛容で慈悲の心を持ち、さらに柔軟なのです。

イスラーム信仰やアラブ社会について。

  • イスラーム信仰は信者個人と神との契約で成り立ち、どう信仰するかは本人の自由です。信仰の度合いは各個人で違うのです。
  • 目を凝らすような行為はアラブ社会では禁物です。またアラブの習慣では、何かを直截的に誉めることはタブーとされています。誉める代わりに、単に「マシャラー」と言うことで、話し手は賞賛を伝えることが出来るのです。「マシャラー」は邪悪の目に対する護符のような役目を果たします。直訳すると「アッラーがそのように創られた」という意味になり、「神がそう望んで、このような美しく素晴らしいものをお創りになった」という感嘆の表現となります。
  • ラマダーンとはイスラームで使うヒジュラ暦の九ヶ月目をいい、世界中に散らばるムスリムが、日の出前から日没まで、一切の食べ物を摂らない断食月。
  • なぜ神が断食を人間の義務としたのか。なぜそれを世界中のムスリムが千四百年間も変わらず続けているのか。なぜこうした修行を十五億もの人々が嬉々として受け入れ、精進し、毎年その期間が終わることを嘆くのか。その答えは簡単です。それは自分が幸福であることを教えてくれるからです。今日のご飯があること、眠る場所があること、自分のそばに家族がいること、家族と一緒に時を過ごせること、近所に自分を気に懸けてくれる人がいること、自分が貧しい人たちを援けられる立場であること、貧しい人たちに感謝されること、そして自分は家族とつながり、人とつながり、神ともつながっていること。そうしたささやかなことが人間の究極の幸福であると教えてくれるからです。
  • 人間という弱い存在が幸福を身に沁みて感じるためには、三十日間の長い期間が必要なのだと、改めて神の定めた義務の意味を知ります。一日を我慢することは誰にでも出来ます。しかし三十日となれば、生活全体を変える努力と心構えが必要です。食べない行為だけでなく、ラマダーン中は喧嘩をしない、大声を出さない、人に優しくする、喜捨に励むなど、多くの生活上のルールが増えます。それを家庭でも学校でも社会でも、人間の義務として繰り返し繰り返し教えています。
  • イスラームを国教とする国々では、西暦を採用しながらも年間行事の多くはヒジュラ暦に則っています。ヒジュラ暦は西暦より十一日ほど短く、どの行事も毎年少しずつ早まっていくために、日本人が考えるような季節との連動性がありません。多くの行事は、「月観測委員会」と称する法学者たちが夜空に浮かぶ新月を肉眼で見て決定します。太陰暦の一ヶ月は二十九日あるいは三十日で、新月を観るまでは正確にわからないため、どの行事の前も世界中のムスリムがそわそわして法学者の決定を待ち構えているのです。

初代UAE大統領、故シェーク・ザーイドについて。

  • シェイク・ザーイドは先進国の大統領である前に、人口百万人国家の部族長。
  • ザーイド大統領はいつでも「人々は連帯しなければならない」と説いていました。まさに部族長の考え方です。人類としても力を発揮するためには集団でなければならない。個人や小集団の力には限界があるのです。
  • (旦那さんの回顧)「きみには想像できないだろうが、UAEはつい三十年前までは、ばらばらの小さい部族集団だった。一九六〇年頃に石油が発見され、ようやく人間らしい生活が始まり、七つの首長国が合併して連邦国家に変わった。自分たちがナツメヤシの葉でできた掘っ建て小屋に住み、劣悪な衛生状態で、学校も病院もなく、新聞なども見たこともなく、井戸から水を汲んで生活していたのは、ほんのこの前なのだ。それからわずか三十年で先進国になった。石油が先進国にしたと思うかい?ちがうよ。立派なリーダーがいたから発展したんだ。サダム・フセインが何をしたか見てごらん。長い歴史と優秀な人民と、豊富な石油がある大国を三十年で駄目にした。シェーク・ザーイドとシェーク・ラシッドがいなければ、UAEはここまで来れなかった。そして彼らは逝ってしまった・・・」
  • 八十六年という長い人生を通じて、どれほどの人々の心をつかみ、希望という種を蒔き、育てる喜びと同時に水を撒く辛抱を教えていったか数え切れない。だからUAEはここまで来られたんだ。偉人が時代を選ぶのか、時代が偉人を呼ぶのか。シェーク・ザーイドのような人物がこの砂の果ての国に現れたことは、まさに神の恩恵だった。

湾岸諸国の国家形態について。

  • UAEをはじめ湾岸諸国は、歴史的にもずっと首長家(王家)が行政、法治を兼ねており、部族の頂点として民衆を治めてきました。もちろん長い歴史の間には出来の悪い首長もたくさんいました。
  • アブダビのザーイド大統領だって四男で、ケチで有名だった長兄を退位させて政権をとりました。シャルジャのスルターン首長も兄が殺害されて担ぎ上げられた学生首長でした。最近ではラッセルハイマのサウド首長が、とある山岳部族に支持されていた自分の異母兄を追い出して、別の山岳部族に支持されて皇太子(当時)になりました。UAEだけでなく、カタールも国王である父親の外遊中に、国外追放という形にしてクーデターを起こし、息子が政権を取りました。オマーンだって、父親であるスルターンを幽閉して息子が政権を取っています。急激な近代化に伴い、若くて柔軟な頭脳が国を率いなければとても発展できないことを見越すと、弟や甥や息子たちはクーデターを起こして政権を乗っ取ることがありました。だけど、どの場合も同じ血族から後継者が出ていることが、部族制を重んじる地域では安定の源となっています。
  • 石油やガスを掘るだけという人的・時間的投資のかからない莫大な国家歳入は、その全容が国民には知らされないまま、まずは首長家に入ることになっています。そこから「分配」されるのです。こうしたことすべてが、ひとえに頂点にいる人間の度量・裁量にかかっているわけです。
  • 「世の中にはこんな風に成り立つ国があるんだ。頂点にいる人間の裁量で、国家歳入を使って、個々人の悩みをゼぇんぶ解決しちゃう国が。これは簡単に判断を下さない方がいい。だって、結果的にはどういった国家が最も多くの困窮者を救済しているかは、わからないのだから」
  • 自国の困窮者を救えもせず、米国債を売ることで、要するに他国の資本で国民を支えている資本主義国家と、自国の地下から石油を掘ってそのお金で困窮者を救っている独裁王家の国と、どちらが正しい形なのかは簡単には判断できません。

そして我々に対する厳しくも愛情溢れるメッセージ。

  • UAEに働きに来た先進諸国の人間で一番顕著な点は、こうした時代の流れを見ずに現在だけで批判することです。「UAE人はろくに働かないのに給与が高い」、「能力のある人が本当に少ない。それなのに高いポジションをもらっている」、「仕事に責任を持つ人がいない。仕事は外国人部下に任せて、結果だけ自分のものにしている」などなど。
  • どの国にもその国独自の発展があり、選択の余地がなかった歴史があり、歴史のもたらす責任を背負う人々がいます。外国人としてUAEに来て、豊かな石油収入の恩恵に与りながら、さらに批判をするのは不遜です。
  • 願わくば、UAEに住む多くの外国人がこの国を愛し、歴史を理解し、未来を背負う若者を支援し、苦しい時代を耐えてきた老年層を慈しみ、その未熟・未発達な点を許して共生する意識を持って欲しい。追いつき追い越される相手ではなく、未熟を嗤う相手ではなく、人類の発展の歴史を塗り替えるような大成長を遂げた国として、その勇気と力を、同じ人類として誇って欲しいと私は願います。

はい、そう努力していきます! 明日この方と会えることになりました。