イタリア共和国旅行記その1(ポンペイ遺跡、ヴェスヴィオ火山)
2週末連続での Weekend Bullet Backpacker で、ほぼ1年振りに欧州に出かけた。場所は南イタリアのナポリである。"Vedi Napoli, e poi muori." "See Naples and die." "ナポリを見て死ね" (ナポリの風光を見ずに死んでしまっては生きていた甲斐がない)とまで言われた、あのナポリである。
ナポリ周辺にはポンペイ、カプリ島、アマルフィなど、観光名所が揃っていて、1週間は欲しいところだが、俺のWBPではそうもいかない。今回は木曜日1日だけお休みをいただき、ドバイベースのLCC、FlyDubaiを使って木曜日の朝にドバイ発、午後一番にナポリ着、土曜日の昼にナポリ発、夜ドバイ着で、実質2日間(木曜日午後、金曜日終日、土曜日午前)の旅程となった。今回は初めて会社同僚2人が参加、合計3人での社員旅行でもあった
天候にも恵まれ、南イタリアの爽やかな秋晴れの下、欧州ならではの歴史、自然、文化、食、街並みを思う存分楽しむことができた。以下、世界遺産のポンペイ遺跡とそれを作り出したヴェスヴィオ火山、ナポリ市内散策、ナポリの食ざんまいの3回に分けて綴ってみたい。
まずは金曜日の終日を使って見学してきたポンペイ遺跡、ヴェスヴィオ火山、そしてポンペイ遺跡からの出土品が数多く展示されているナポリ国立考古学博物館の3個所。ポンペイ遺跡について簡単におさらいしておくと。
- 紀元前後に帝政ローマの同盟市として繁栄を謳歌していたポンペイ。当時の人口は約1万5千人。城壁の長さ 3kmで8つの門を持っていた。
- 紀元後79年にヴェスヴィオ山が大噴火。山の上半分が裂け、強烈な爆風が一瞬にして人々を吹き飛ばした。噴火は30時間も続き、半径12kmの広範囲に渡って火山灰に覆い尽くされたポンペイの街は、歴史の舞台から完全に消滅。しかし、軽石と火山灰に埋もれたおかげで街はそっくりそのまま保存され、まるで昨日まで生きていたかのような姿で地中に残った。
- 18世紀初頭になってようやく発見されたポンペイの遺跡。1997年に世界文化遺産に登録され、多くの観光客が訪れている。現在も発掘が続けられている。
ナポリ市内の駅から東郊外に延びているヴェスヴィオ周遊鉄道で40分ほどで、遺跡入り口近くの駅に到着する。9時開門の20分前に着いたが、すでに10数人が並んでいた。チケットを買い、英語のオーディオガイドを借りて、いよいよ2000年前の歴史の世界へ。
マリーナ門から歩みを進める。
町の中央広場、フォロ。この町を一時消滅させたヴェスヴィオ火山が近くにくっきり。
日本人ツアーに近寄って日本語ガイド説明を盗み聞き(笑)。少なくとも3つの日本人ツアー集団に遭遇した。
活気のある商店街だったというアッボンダンツァ通り。
カウンター付きの居酒屋だとか。
運動場。
円形競技場。
とにかく広い。ところどころでオーディオガイドの説明を聞きながら2時間歩いたが、回れたのはせいぜい四分の一ほど。古代人の生活の息吹があちこちで感じられるほど、街としては立派でしっかりしたものであった。それにしても2000年前にこんな高度で整備された町があったとは。改めて古代ローマ文明の偉大さに感銘する。
次に向かったのは、ポンペイの奇跡を作ったヴェスヴィオ火山。これはナポリ到着前に機内から撮ったものの。
標高1281mの山頂まで登ることができるという。ポンペイ遺跡の駅からナポリ方面に鉄道で戻って20分。エルコラーノ駅前で、登山口までの往復バスと登山料合わせて20ユーロのチケットを買ってバスに乗り込む。
バスで30分ほどで標高1000mの登山口に。
そこから砂利道の登坂を30分ほど歩くと、火口に着く。ちょっとわかりづらいけど、一部から少し噴煙が。コワッ。
ここが歩いて行ける山頂近辺の最終地点。
山頂からの素晴らしい眺望。奥まっている辺りがナポリ市街地。
山頂の売店で売っていた地元の白ワインでのどを潤す。
最寄り駅から合計2時間ほどのヴェスヴィオ火山登頂を果たしたあと、再び電車に乗ってナポリに戻る。最後はナポリ国立考古学博物館。ここではポンペイなどの古代遺跡で発掘された芸術品の数々が色鮮やかに残っている。
有名なアレクサンドロ大王の戦い。ペルシャ王ダレイオスを倒す若きアレクサンドロ大王の巨大モザイク画。
ポンペイ遺跡のミニチュア模型。デジタル映像で再現した町のビデオも上映していて、実物の遺跡を見てきた直後なだけに興味深かった。
おおらかで好奇心旺盛な古代ローマ人らしく、こんなコーナーも。この展示にだけ触るなの表示。やっぱりみんな触りたがるんだろうねえ(笑)。
朝7時半にホテルを出で、夕方6時半に博物館を出るまでの11時間で、古代ローマ文明の巨大遺跡と創造性あふれる芸術品の数々に触れるという旅の第1テーマを満喫したのであった。第2テーマに続く。