anezakimanのアブダビ日記

アラブ首長国連邦アブダビ首長国に駐在になりました。そこで出会ったことを綴ります。

ADNOCマラソン、そしてトライアスロン?

コーニッシュと呼ばれる海岸通を中心に走るアブダビ初の市民マラソン、ADNOCマラソンが12月に実施されると聞いたのが数ヶ月前。ADNOC(アブダビ国営石油会社)は最大手のお客様であり、またフルマラソンは無理だが10キロなら日本にいた時も走ったことがあるので、すぐに参加申し込みをした。

そして本日、その第一回目のADNOCマラソンが行われ、早朝6時スタートの10キロの部に参加してきた。実は前夜、せっかく朝早くから市中心部まで行くのなら、その後で元気があればサイクリングをしようかな、さらに体力が残っていれば帰り道なのでカヤックをしようかな、あれっ、そうするとマラソン、サイクリング、水泳ではないけど水上スポーツなのだから、全部やれればトライアスロンではないかと思い立った。

8月末に体調崩して以降、ラジオ体操、ジムなどの運動を定期的に行い、極力肉食、プロテインも定期的に摂取するなど、体力向上、筋力アップに努めてきた。それらを試す良い機会ではないかというわけだ。

さて、まずはADNOCマラソン。第一回目ということもあろうが、駐車場だけ指定して途中の道路閉鎖の情報が全くなく、道路をあちこちウロウロするうちに普段なら自宅から30分なのだが1時間近くかかって6時ギリギリにスタート地点にたどり着く。

まだ真っ暗な中、大勢のランナーがADNOC本社前に詰めかけていて、スタートの号令とともにゆっくりと動き出す。

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俺の日本での10キロマラソンのベストが55分なので、1時間以内の記録を目指す。20℃弱の格好のマラソン気温の中、前半はそこそこのペースで快走、商社の友人が撮ってくれた俺の勇姿。
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5キロで折り返して7キロ過ぎで歩みが遅くなり、ゴール近くのADNOC本社ビル辺りではバテバテ。それでもなんとか歩みを止めずに走る(水前寺清子さんの「三百六十五歩のマーチ」の3番の、歩みを止めずに夢見よう🎵、をなんども暗誦)。

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そしてヨタヨタしながらも感動のゴール、メダルをかけてもらいました。
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結果は記録は1時間50秒(ネットで57分45秒)。10キロの部全体では2022人中712位、51-60歳男性の部では116人中50位、日本人のなかでは23人中9位と、自分としては満足のいく結果となった。

充実の結果の余韻に浸りながらも、まだまだ元気でありバナナとみかんを頬張っていつもの Al Hudayriat島に向かう。つい先ほどまでいたADNOC本社を眺めながら2周20キロを完走。朝なので後半逆風となり最後足がつりそうになりながらも何とか頑張った。

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サイクリング終えた後は、足がヨタヨタしてまともに歩けなかったが、カヤックに足はいらないとばかり、カヤックレンタルがある Eastern Manglobe に向かう。

そこで約3キロほどを漕いでいつものルートを往復し、俺なりのトライアスロンを完遂した。カヤック中に再び海からADNOC本社を眺める。
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全て終了したのが10時50分。途中バナナを4つ、みかん1つ食べていたが、さすがにお腹ペコペコ。そしてこういう時に食べたいのがガッツリ系のラーメン。向かう先は Panda Bao Bao の重慶小麺。
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さらにアッツアツの海老と鳥肉のシューマイ。これが絶品。
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最後は体はボロボロ、精神は充実、お腹満腹で本日は午前中で1日終了。あとは家で爆睡、お疲れ様でした。俺もまだまだやるね。ただ、脚がまだ痛い。。

ヨルダン・ハシミテ王国旅行記

2週連続で旅に出ている。なんか、トラベルライターみたいになってきたね(苦笑)。行った先はヨルダン・ハシミテ王国、通称ヨルダン。東はイラク、西はイスラエル、南はサウジアラビア、北はシリアに囲まれた、日本の国土の4分の1ほどの土地に950万人が住んでいる小国。イスラーム・スンニ派が9割以上占め、国王は預言者モハンマドの従兄弟アリと娘ファーティマ夫妻の子供の直系という由緒正しい家系。

国の成り立ちは20世紀前半のオスマン帝国末期に遡る。アラビア半島のメッカを中心としたヒジャーズ王国のハーシム家国王と3兄弟が、かのアラビアのロレンス含む英国から支援を受けてアラブの反乱を起こし、ヨルダン、パレスチナ、シリア、イラク辺りをオスマン帝国から奪回する。その後、ヒジャーズ王国は長男が継ぎ、英国の後ろ盾で次男がヨルダンの、三男がイラクの王位に就く。

パレスチナからヨルダン川東岸を無理やり切り分けてトランス・ヨルダン(ヨルダン川のあちら側)という名で作られた次男坊の国だったが、皮肉なことにヒジャーズ王国はその後勃興したサウド家のサウジアラビアに滅ぼされ、イラクは50年代の革命で王政が倒され、一番人工的な国家であるヨルダンだけが今でもハーシム次男坊(アブドッラー)系の支配が続く。この辺りの経緯は下記本に詳しい。

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

 

 ここの国王は英邁なリーダーらしく、小国ながらアラブ国家の名家としての尊敬を集め、アラブ社会で一定の重きをなす。日本とも良好な関係を保っている。ただし経済は苦しい。もともと油や天然ガスなどの資源はほとんどない農業と観光の国。そこにかつてはパレスチナの難民が、今はシリアの難民が押し寄せる。

さて、ヨルダンの旅行といえば3点セットである。ペトラ遺跡で紀元前後の華麗な古代帝国を歩き回り、ワディ・ラムという広大な砂漠地帯で中東の大自然を感じ、そして死海(デッド・シー)で体を浮かせて自然の神秘を体感する。俺も上記3点セット、プラス、首都であるアンマン市内周遊を入れて現地実質2.5日ほどを有意義に過ごすことができた。

前夜9時過ぎにアンマン空港入り、そのまま3時間かけて移動してペトラに宿泊、翌朝8時には遺跡のエントランスに到着。

そこから15分ほど歩くと、ペトラ遺跡の入り口とも言える巨大岩の隙間道のスークに着く。映画「インディージョーンズ 最後の聖戦」の舞台となり一躍有名に。

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1キロほどもあるスークを抜けると、岩山をくり抜いて作った宝物殿が現れる。

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さらに先に進むが、距離があるので途中ロバに乗って市場通りを抜ける。

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山道を登り切った所に巨大な修道院が出現。
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よくもまあ、今から2000年も前に岩山にこれだけ精巧な建物を掘り出して作ったものであり、その巨大さ(片道4キロ)に驚嘆する。

お次はワディ・ラム。砂漠はUAEでもいっぱいあるが、ここは巨大な岩山があちらこちらにそびえて、勇壮な風景を見せている。

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岩山の上に陽が当たって黄金色に輝いている。

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ここではラクダに騎乗。

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ここにはアラビアのロレンスこと、トーマス・エドワード・ロレンスが実際にベースとしていた砂漠のキャンプがあり、記念碑が。

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夕暮れ時、砂漠に沈む夕陽を見に観光客が集まっている。

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夕陽を見てから紅海に面するアカバに移動、そこで1泊する。イスラエル国境まで徒歩圏内、エジプトも港の対岸に見え、サウジも10キロほど南に下るとあるいう四カ国が集まる国際的都市である。

左側がイスラエル側の町、イラート。

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地図で見るとこんな感じ。

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翌朝、アカバからイスラエル国境沿いにアンマンまで走るヨルダン・バレー・ハイウェーをひたすら北上。初め砂漠だった地が進むにつれて緑がポツポツと現れ、そしてトマトや玉ねぎの畑に変わる様が面白い。
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そしていよいよ死海へ。ここは公共の湖水浴場(海水ではない)。
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ここで体を浮かせてくつろいだり(泳ごうとしてもひっくり返る感じで泳げない)、泥パックをしたりと1時間ほど遊ぶ。こうして見ると間抜けな感じだねえ。

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別のところで汲んだ塩水と拾った岩塩を家に持ち帰り、天然の入浴剤に(黒いのは軽石)。
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最後はアンマン市内に入って車でローマ遺跡や城を回る。アンマン城からの市内風景。

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そのまま市内に宿泊。翌朝アンマン空港からシャルジャに向けて飛び立ち、俺の怒涛の3泊4日ヨルダン旅行は終わった。

アンマン市内で見かけてびっくりしたのが、アバヤを着たアラブ人女性が、道路で信号待ちしている車の間を物を売ろうとして歩く姿。また実質2日半ずっと付き合ってくれた運転手さんは65歳のヨルダン人で、ドライバーとしての給与月収は250ディナール(約38千円)だという。この時は仕事着としてのジーパン姿だったが、家では普段カンドーラを着ているとのこと。

要するにここはアラブの現地人が普通に働き、場合によっては露天的な物売りもしている貧しさの残る国。しかしこれが一般的な国の姿なのだろう。アブダビやドバイにいると決して分からない、そしてキリスト教徒も多くて西洋的な雰囲気のレバノンとも違う、フツーのアラブの国を見た思いであった。

ネパール連邦共和国旅行記その3(カトマンドゥ周遊)

お昼過ぎにポカラからカトマンドゥに、今度は無事飛行機で戻ってきた。空港から市内中心部タメル地区にタクシーで移動、予約していたホテルにチェックイン。お腹が減っていたので、街中散策も兼ねてぶらぶらしながら、チェックしておいたチベット料理の有名店というレストランに向かう。お目当ての地元スープヌードルを味合うのである。

これがネパールやチベット風ラーメンのトゥクパ。腰なし太麺と薄味チャンポン風のスープがよく絡んで美味。

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こちらはモモと呼ばれる餃子。ビールによく合う。ビールは地元のネパール・アイス。
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トゥクパが215ルピー、モモが170ルピー、ビールが395ルピー、合わせて780ルピーと激安。お腹も心も大満足。

その後、市内を散策。タメル地区はツーリストエリアで、ホテル、レストラン、土産物屋、トレッキング用品店など、狭い通りにお店がびっしり。それを抜けて南に下ると地元民が集うショッピング通り。この日はネパール週一の休日土曜日だったせいか、どの道も人でぎっしり。
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そんな人でいっぱいの狭い通りにも、バイクがお構いなしにどんどん入ってくる。久しぶりにアジアの活気、混沌、雑多ぶりを体感する。
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市街地にある世界遺産、ダルバール広場に着いたのが日暮れ迫る夕方5時。ここはネパール近代に繁栄した王朝の王宮跡で、寺院や建物が大勢あったが、一部は2015年4月の地震で倒壊や損傷したという。
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裏通りにはこんなネパール風の露地店も。
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ピリッとした羊焼肉がおいしー。ビール飲みてえ。
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ということで、夕食はやはり日本食レストラン(笑)。前菜のつまみ2品とビール、メインにカツ丼を食べて締めて2,300ルピーほど。やはりネパールの日本食は安くて美味しい。ちなみにネパールの在留邦人は1,100人ほど。この人数と日本食レストランの数と質を考えると驚異的。物価が安く、旅行者、ネパール人も日本食を好むということなんだと思う。

翌朝、10時の帰国便の前に空港近くのヒンドゥー教の寺院、パシュパティナート(Pashupatinath)に寄る。ここはネパール最大のヒンドゥー教寺院であるばかりでなく、インド亜大陸にある4大シヴァ寺院の一つであるという。弊社の8割以上はインド人、ヒンドゥー教徒。そのメンタリティーの一面を少しでも感じようというわけ(でもないか)。

朝早くから寺前通りは賑わっている。

f:id:anezakimanAD:20181130111518j:image大勢のネパール人、インド人に混じってこんな方たちも自由に歩き回っている。
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チケット売り場でチケットを買い、たまたまアプローチしてきた人懐こくて英語の上手なネパール人ガイド氏に1時間1,000ルピーで案内をお願い。

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シヴァの3大神を祀る門から入ると。

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ここが有名な火葬場。

 

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ヒンドゥー教徒は輪廻転生を信じてお墓を作らず、死んだらすぐにこうした火葬場に運ばれて焼かれ、その灰を川に流すという。この川はカンジス川支流にあたるため、由緒ある火葬場として、写真手前の方からえらいカースト順に4つの焼き場があり、毎日火葬が行われている。当日もこんな感じで。

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少し厳かな気持ちになったあとは、やはりヒューマン・ビーイング、こんな素敵なものも。男根を表したシヴァ神の象徴、シヴァリンガ。
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ガイド氏曰く、この寺には何年も修行を積んだヒンドゥー教のホーリーマンがいて、お布施的にお金を払えば近づけると。胡散臭い気もしたが、2,000ルピーで手を打ち、案内してもらう。

テレ朝の戦隊シリーズのようなとてもカラフルな(笑)男性4人に迎えてもらい、額に赤いペイントと手には金色の紐というヒンドゥー教のシンボルを施してもらい、貴殿に幸あれとお祈りいただく。それはそれで楽しめました。
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こうして俺の第5国目の海外遠征が無事終了した。振り返ってみれば、アルメニア(キリスト教カソリックの元祖)、イラン(イスラームの最強鉄人)、レバノン(キリスト教とイスラームの融合国家)、ドイツ(キリスト教プロテスタント発祥地)に加え、今回ヒンドゥー教の一大大国(ネパール国民の8割強はヒンドゥー教徒)を訪問したことになり、宗教的なバラエティーを体感実感。

また中東、欧州から、初めてアジアに立ち戻ったりと、今回のネパール訪問はいろんな意味で刺激的であった。

何よりもネパールは、ヒマラヤを中心とした雄大な自然、なんでも安い物価、現地食も日本食も美味しく、親日で人懐っこい人々など、気持ち的にリラックスできて、とっても居心地の良い空間であった。

国としては1人当たりのGDPが900ドル弱、国民就労者の2/3が農業、地震国でインフラ被害多く、道路も紹介の通りひどいといった貧しい後期開発途上国ではあるけど、俺が出会ったネパールの皆さんの明るさ、実直さでこれから発展していくことを祈りたい。

ネパール編はこれで終了だが、UAEでは超珍しくて貴重な4連休が本日から始まる。またまた旅の予感が。。

ネパール連邦共和国旅行記その2(ポカラ周遊)

疲れ果てて寝入った翌朝、目が醒めるとそこは1,600mの山中であり、気温10℃前後の冷涼な空気の中、目の前には日の出の光に輝くヒマラヤの山々が展開されていた。

左からアンナプルナ・サウス(7,291m)、アンナプルナI(8,091m)、マチャプチャレ(別名フィッシュ・テイル、6,993m)。
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ダウラギリ(8,167m)。
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アンナプルナ・サウス。
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マチャプチャレ(フィッシュ・テイル)。
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日の出。
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しばし目の前の雄大な山並みに見入る。そしてその自然を背景にネパール全国大会3位のヨガ導師によるヨガ個人教授を1時間受ける。

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そうして身も心も清められた後、しっかりと朝食を取ってポカラ周遊に出かける。実は前夜、ホテルのスタッフから明日はお客がいなくて暇だがら、無料でポカラ案内をしたいとの申し出があり、ありがたく受ける。

ラジェンドラ氏、36歳(ちょっと見えないけど)、生粋のネパール人。奥様、娘さん2人の家族をカトマンドゥに残して単身赴任中の彼と終日一緒に過ごす。

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こんなローカルバスで、ポカラ市内まで下ったり、ホテルに戻ってきたり。
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最初に行ったのが Devi's Fall という滝。ネパール人には滝は珍しいらしいが日本人には目新しくないありふれた光景。その後、Gupteshwor Mahadev Cave というヒンドゥー教シヴァ神の像がある洞窟を見学。
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それからフェワ湖南側の丘陵に建つ日本山妙法寺(英語では World Peace Pagoda)に片道1時間かけて登る。そこからはフェワ湖とポカラの街並みが見下ろせる。
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そこからフェワ湖まで下ってボートで対岸へ。
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その後遅めのランチ。日本食レストランで、2人で650mlのビールの2本、餃子、豚丼、タンメン、焼き飯を食べて合計2,300ルピーほど。海外なのに日本より安く、そして日本の普通並みの美味しさに感激。ラジェンドラ氏は豚丼に感動、こんな美味しいものはこれまで食べたことがないと。

それから観光地で有名なフェワ湖のレイクサイドを散策し、その日も夜7時過ぎにホテルに帰還。ホテルのレストランでビール、赤ワインを飲んでベットにバタンキュー。

翌朝、カトマンドゥに今度は飛行機で戻ることができた。その前に同じ空港で小型飛行機でのヒマラヤ山脈探索コースがあり、30分160ドルのプランに申し込む。  

最初は売り言葉が Feel like a birdという、この Ultra Light Plane に乗ろうとしたが、さすがにこの超軽量ぶりにビビる。突風が来たら一巻の終わりではないか。。

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そこでこちらに変更。パイロットの横に座る2人乗りタイプ。

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飛行歴5年のニヒルなこのネパール人パイロット氏に命を託す。

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まさに目の前に迫るマチャプチャレ。

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泊まったホテル上空。

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あっという間の興奮の30分フライトであった。

こうしてポカラ界隈の大自然、文化、食(日本食だけど)を、市内、丘陵、上空から周遊して満喫したのであった。

ネパール連邦共和国旅行記その1(ポカラにたどり着く)

ヒマラヤ山脈を見に行こうとネパールを旅してきた。ネパールの首都、カトマンドゥまで飛行機で4時間台で行けることが分かってから、いつかは行きたいと思っていた。このたび、仕事がひと段落ついたこと、さらにネパールは今が乾季で山もよく見える観光ベストシーズンということで、日本の勤労感謝の日も援用して(笑)、木・日と休みをもらって3泊4日の旅に出かけた。

なるべく多くの滞在時間を確保すべく、行きのカトマンドゥまでのフライトを木曜日の早朝3時45分発、現地9時20分着とし、そのまま国内便に乗り継いでヒマラヤ山脈観光の拠点、ネパール第2の都市、ポカラまで飛ぶことにした。木曜日の午後から活動開始、ポカラで1.5日間ゆったりと過ごして、土曜日の朝ポカラからカトマンドゥに戻り、首都散策に半日、日曜日の朝便で戻るという計画である。

水曜日は市内で会食があったため、一旦家に戻ってシャワーを浴びて0時過ぎに出発。フライトはいつも使っている当地のLCC、Air Arabia。空港のフードコートでフィリピンヌードル、ロミがあったので軽く腹ごしらえ。

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シャルジャ空港を予定通り飛び立ち、カトマンドゥ空港にもほぼ予定通り到着。事前にWEB経由で申請していたビザも空港で簡単に取れ(15日滞在の観光ビザで25ドル)、同じ空港内の国内線ターミナルに着いたのが10時半と極めて順調。

これだと事前に調べていた12時台の国内便で楽勝と思って、チケットカウンターでネパール人のお姉さんに軽口叩きながら、ポカラまでのチケットちょーだいと言う。すると返ってきたコメントは、本日ポカラ空港悪天候により全便運行停止中、いつ運行再開になるかは不明、ちなみに昨日も同じで終日運休となったと。。

がっかりするもこの時点で飛行機での移動を諦め、他の代替手段に頭を巡らす。これも事前に調べていたが、ポカラへの移動は飛行機以外にバスやタクシーがある。ただし飛行機だと30分程度で着くが、車だと7時間前後かかるというので、飛行機にしていたのである。周辺の人にバス情報を収集、旅行者用のバスはすでに出発しており、ローカルバス(あっちこっちに停まる乗合バス)のみだという。これは時間がもっとかかり、乗りごごちも悪そう。タクシーと交渉を始めるが固定料金で135ドルだという。飛行機代(125ドル)よりも高いが、ポカラのホテルも前払いで予約しておりこれで行くしかない。

そう決めたらお腹が空いてきて、昼食を食べるというタクシー運ちゃんに空港近くの地元の人が行く食堂に連れて行ってもらう。ネパール名物のダルバート・タルカリ、250ルピー(1ルピーほぼイコール1円でそのまま円換算可能)。

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お腹がふくれて少し落ち着く。焦っても仕方がない、ネパール流でゆったり行くしかないね。

さて、なぜ飛行機で30分なのに、車だとその14倍の7時間もかかるのか、乗ってみてよく分かった。カトマンドゥとポカラの距離は約200kmであり、7時間だと時速30km弱の計算だ。とにかく道がひどい。市内を抜けるのに狭くてところどころデコボコの道を、バイク、自転車、歩行者がわんさかいる中て接触スレスレでスピードを出して走る。かつ信号が一個もなく(国の首都の道路に信号がないなんて!)、一部の目抜き通りに警官が立っているだけ。

ようやく市内を抜けてハイウェイと称する道路になっても、片側1車線の狭い道で、山道のアップダウンが続き、かつ窪みや工事中の砂利道がところどころにある。ネパール人をして車の中でダンスしているようなものだと。しかもこの悪路をスキあらば追い抜こうとする車だらけで、クラクションをがんがん鳴らしながら対面スレスレに通り過ぎる場面に何度も命の縮む思い。。

そうしてポカラ市内には夜6時過ぎに着いたが、そこから俺の宿はさらに山を登ること50分。ホテルに到着したのが夜7時、あたりはなんの灯りもなく真っ暗。こうして自宅を立ってから約17時間(アブダビとカトマンドゥの時差1時間45分)かけて這々の体でなんとか初日の宿にたどり着いたのであった。

レストラン Matsu という選択

アブダビの日本食レストラン状況はお寒い限りだ。TOKI のように品質と価格のバランスが取れているコスパの優れているレストランもあるが、逆に言えば TOKI だけ。だから同所は日本人駐在員に大人気だ。それ以外の日本食といえば、Zuma、Torinosu のような 高級 Fusion 系、田舎家のような超高級レストラン、あるいはなんちゃって系の見せかけだけの日本食のみだ。

そうした状況の中で、昔からの友人であるM氏がオーナーとして構想している和食レストランの話が前からあった。アブダビ在住24年の同氏と、中東随一との評判のドバイの和食名店 TOMO の創設シェフT氏がタックルを組んでいるとのこと。和食砂漠のアブダビに福音をもたらすに違いないと期待していた。

この度、ようやく新規開店したのが Matsu Resutaurant である。 

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特別な公式会食で昨晩初めて利用させてもらった。そこにはグルメのエミラーティーはもとより、日本人にも絶賛された本物の和食 (authentic Japanese cuisine) があった。
今晩は日本人へのお披露目ということで、アブダビ・ドバイの主要日系企業がお呼ばれしての無料大奉仕お披露目バーティー。100人以上の日本人が Yas 島のレストランに集った。

素晴らしい数々の日本食。目の前であげてもらっていただく天ぷら。
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びっくりするほど美味しく新鮮なお寿司。

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オープンテラスでもくつろげる。

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日本人を中心とした素敵なスタッフの皆さん。


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いやー、この店はいける、選択されるべき日本食レストランである。特に弊社からは車で30分、帰宅途上で気軽に利用できる場所にある。帰社時に新橋駅前の居酒屋でちょっと一杯やって帰る的な気分が味わえそう。また酒量が増えるね。。

怒涛の1週間

アブダビ赴任以来、最大の多忙週だった。

話は前週土曜日まで遡る。日本から幹部出張あり、昼からサディヤット島でのホテルビーチサイドでのランチ、その後ルーブル美術館、シェイク・ザイード・グランドモスク、エミレーツパレスホテルと一通り視察後、日本食レストランTOKIで他の日本人社員交えての夕食懇親会。その後拙宅でナイトキャップ。軽くと思ったがウィスキーほぼ一本空く。。

日曜日。その日の朝、急遽経済産業副大臣が弊社工場を視察されたいとのことで、対応する。総勢13名の政府関係者が来訪。WEBに載せてもらいました。

関経済産業副大臣がアラブ首長国連邦に出張しました (METI/経済産業省)

その晩、政府民間ミッションの方との会食に参加。副大臣、大使に加えて日本を代表する企業幹部の会食にやや緊張。ところでその晩は突然の暴風雨、雷で道が大渋滞。会食に間に合うか心配した。ちょっとわかりづらいけど、激しい雨風が吹いている。こんなの初めて。

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月曜日。ADIPEC初日、副大臣が弊社ブースに立ち寄られるとのことで対応する。その後午後からアブダビ ・日本官民の会議に参加。夜はお付き合いある欧州某社のADIPEC Reception Dinnerに参加。旧知の関係者、ならびに某社トップとワイン片手に懇親を深める。

火曜日。弊社ミラーティ幹部への会議事前説明のため、ADIPEC のブース界隈で待つ。1時間待っても幹部の時間は空かずに、仕方なくブラブラしていると突然呼び出し。なんとか説明を終える。その後他社ブースを数時間かけて廻る。夜は日本からの出張者との懇親会食をアナンタラのタイレストランで。

水曜日。その日は終日会社で打合せや資料作り。夜は拙宅で前日の出張者を迎えて簡単なビアディナー。彼らはその晩の夜行便で帰国するため夜8時前に帰ったが、俺はそのまま外のソファーで焼酎飲んでいるうちに寝てしまった。。結局1時過ぎに目を覚ましてベットに。

木曜日。バテバテになりながら、何とか気力を振り絞って翌週の会議の資料を仕上げたのが15時。気分転換が必要と感じ、Al Hudayriat島に出かける。夕方のコースを3周30キロ駆け抜け、気分一新。まるで砂漠の一人旅のよう。
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そのまま ADIPEC慰労会に突入。4日間のイベントで頑張ってくれた社内外関係者とワイワイガヤガヤ。疲れも吹っ飛ぶねぇ。

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怒涛の平日5日間を過ごした後は、いつものリラックス週末。家の近辺の散歩道、以前は工事中が多くて無理やり入っていたところも徐々に整備され、下記の海岸やクリーク沿いの遊歩道がほぼ完全開通。

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気温26℃の快適な朝の散歩をリラックスしながら楽しむ。
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この時期になると、ススキっぽい木々も。
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平日よく仕事をして懇親に励み、週末はしっかりリラックスできた1週間であった。それにしても疲れた。やれやれだねぇ。そろそろ国外脱出を計らねば。