anezakimanのアブダビ日記

アラブ首長国連邦アブダビ首長国に駐在になりました。そこで出会ったことを綴ります。

飲むか漕ぐかの日々

4月に入ってからの夜は、酒を飲んでいるか、自転車を漕いでいるか、その両方かのいずれかだなあ。会社の同僚がよく自虐的に言っていることだが、ストレスの大きさに比例してビールが美味しくなると。俺の場合、ストレスフルであればあるほど、酒量が増えるか、自転車走行の距離数が増える感じ。皆と酒飲みながら仕事の愚痴なとを言って盛り上がる自分と、黙々と一人でペダルを漕ぐ自分と、その両方で精神と肉体のバランスを取っているのだろう。

4月に入ってここまでの15日間のうち、会社同僚との飲み会が4日、自転車部での飲み会が3日、自宅での一人飲みが6日、休肝日が2日と、飲み日数率86.7%。自転車は7日で漕ぎ日数率46.7%、総距離数的は200キロ超。いずれもこれまでに比べても相当な高率、長距離である。

 自転車部飲み会の英国パブで、サーブしてくれた可愛らしいフィリピン人の女性。

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「富士屋」での社員飲み会で、日本酒をサービスしてくれた陽気な店長さん。
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こうした酒場で出会った方たちにも癒されながら、ストレスと上手く付き合っているということではある。だからこそ毎晩、足は飲み屋へと向かいがちになるのでありました(今夜はさすがに同僚に断られて家で一人飲みです。。)。

ドバイ3つの新発見

木曜日の晩に社員でドバイでのハナモク慰労会を企画、金曜日は前回アップしたようにドバイでサイクリングをするということで、久しぶりに木金をドバイで2泊することにした。 そこでの3つの新発見を記しておきたい。

まずは和食レストラン。2日の晩とも、ドバイで昨年11月にオープンした和食レストラン、富士屋に行った。この国にあるフュージョン含めた高級和食でなく、なんちゃって日本食でもない中間ゾーンに、多彩で美味しい料理メニューをリーズナブルな価格で提供しようという、まさに日本の居酒屋を再現しようというコンセプトで、今やドバイで大人気の和食屋さんである。

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おツマミは、確かに日本の居酒屋並みに豊富で美味しい。
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ビール以外に、酎ハイやサワーがあるのも嬉しい。今回は店長さんの計らいで日本酒も少しサービスしてもらった。たらふく飲んで食べて一人 AED 200から300といったところで、満腹感たっぷり。

サイクリング完走後の自転車部の面々も、ここは日本だ日本だとすっかりご満悦。
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最後のシメはラーメン。店長自慢の自家製食材で(麺は西山製麺所)、俺は味噌ラーメンをいただいたが、美味しかった。

f:id:anezakimanAD:20190413221839j:imageここはいけるねえ。また来よう。ちょっと遠いけど、新橋の居酒屋行くよりはずっと近いからね(笑)。

次はそのラーメン。DAIKAN というラーメン屋に行ってみた。日本のラーメン屋で修行したドイツ人がオーナーで、こちらも最近ドバイで人気だという。

なんの装飾もなく、シンプルで倉庫のような狭い店内。

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頼んだのがこちらのスパイシーみそ、AED 55。
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Wokyoに比べるとやや小振りだが、ピリ辛のスープと太麺がしっかりと絡み合い、とても美味。スープが濃厚で味わい深い。トッピングの鶏肉そぼろ、トロトロ煮卵、さっぱり青梗菜の組み合わせもちょうど良い感じ。これもいける。また来よっと。

最後に街歩き。泊まったのが少し贅沢してドバイクリーク沿いにあるRaddison系の5つ星ホテル。朝の散歩のため、目の前のクリークからの Water Taxi に乗って対岸のバードバイ地区へ。

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そこには AL SEEF地区と呼ばれるお洒落な街並みが整備されていた。

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クリーク沿いに長さ500メートル、幅50メートルほどであろうか、そのエリアに粘土色の様々な店舗、レストランが立ち並ぶ。

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唯一の日系がこちらのデザート屋さん。朝7時台なのでまだ空いてないが。

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2日間とも、朝の気持ち良い空気を浴びながら、ゆったりとこの地域を散歩した。ところどころにトイレ、ATM、両替が完備されていて、地区の両端にはお洒落なホテルもあった。男一人で来るところではないかもしれないけど、旅行者や友人を連れてゆっくり散歩して、買い物、食事などするには良いところだと感じた。こちらもまた誰かと来たいね。

ということで、さすがドバイ、日進月歩ですな。ドバイに来る理由が増えましたね。

アブダビ自転車部のドバイ遠征

週末の午後、自転車部のメンバー5名、プラス臨時参加者1名を加えた6名が、ドバイの南東部郊外に広がる Al Qudra Cycle Tack に集合した。ここはドバイ最長の230キロから35キロまでの多彩なサイクリング専用のトラックを持つ、サイクリストたちの聖地とも言えるところだ。

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我々はこの日、50キロという部員の誰もが経験したことのない長距離に挑もうとしていた。天気は曇り空、気温29℃、湿度45%、風少々と絶好のサイクリング日和のなか、午後4時過ぎに全員でスタート。砂漠の中のほぼ四角形のコースを走り出す。

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360度周りがすべて砂漠の中、ほぼ平坦でまっすぐなコースをひたすらペダルを漕ぐ。
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漕いでも漕いでも風景はあまり変わらず、さすがに50キロは長い。1時間半ほど漕いてやっと最後の四角形の一辺にたどり着くが、そこからがまた延々と道が伸びている。沿道の緑が疲れ切った足を癒してくれる。
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そうして延々と漕ぐこと2時間強、俺を先頭についに参加メンバー全員が順次完走できたのであった。この達成感に満ち溢れた感動の笑顔。
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最初は50キロなんて無理だろうと途中で引き返す予定のものもいたが、結局全員が見事な結果となった。絶好の天候であったこと(陽が出ていたら途中でバテていただろう)に加えて、部員がここまでの定期的な活動でサイクリングの地力をつけていたこと、また先頭集団(俺と若者)、中段、後列集団(女子と最長者)が結果的にペアを組んだり、競い合ったりしたことも良かったと思う。

こうしてアブダビ自転車部の最初の遠征は、充実感のうちに大成功に終わった。ドバイにおいては、交通緩和やいわゆるクリーンでグリーンな環境促進のため、サイクリングを推奨しており、2006年にはサイクルトラックがわずか10キロしかなかったが、昨年までに385キロを整備、2022年までに560キロを目指しているという。

俺も我がアル・ラハ号を駆って、アブダビ、ドバイを始めとしてUAE中を走りたいね。まずはお疲れ様でした。

記録更新

4月になってからのアブダビの気温はぐんぐん上昇、日によっては最高気温38℃くらいまできている。それでも朝夕はまだまだ野外活動可能で、精力的にサイクリングを楽しんでいる。

先の週末は、金土とも自宅からYas島に朝のサイクリング。幹線のシェイク・ザイード・ロードと並行して走っている道路が、車も少なくて気分良く走れ、ほぼそのままYas島に入れる。島では Yas Gateway Park を一周し、その後 Yas Marina Circuit の東門から入って正門まで、これも朝はほとんど車がなくてスイスイ走れる。それからYas Leisure Driveと呼ばれる街路樹のある楕円形の道路を回って戻ってくるコースだ。約35キロ。これをほぼ1時間半と、サイクルトラックを走っているようなペースで快適に走行できる。地図でいうとこんなコースだ。

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昨日は久しぶりに Yas Marina Circuit に繰り出す。まだまだレンタサイクル待ちはこの混みよう。自車持ちの俺は、この行列を横目で見て颯爽とトラックコースへ。

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この日は風は多少あったが、気温も30℃前後に下がって体調も悪くなく、快調にペダルを漕ぐ足に疲れは見えない。4周、6周と回って、ついに8周、44キロの自己最長記録を1時間30分で駆け抜けた。平均時速ほぼ30キロ、我ながらやるなあ。最後はヘロヘロ、目も虚ろですな。
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この週末にはアブダビ自転車部のドバイ遠征という一大イベントがあり、そこのコースは一周50キロという。完走目指して頑張ります。

スリランカ民主社会主義共和国旅行記

北海道の8割ほどの面積の島に2,100万人が暮らす熱帯の国、スリランカ。紀元前3世紀頃からシンハラ人の仏教王国が勃興して栄えてきた。近代に入ってポルトガル、オランダ、イギリスの植民地支配を受け、1948年にイギリス連邦セイロン自治領として独立。独立後はシンハラ人と南インドからの移民のタミル人の国内紛争が続き、ようやく2009年に内戦が終結した。

長い歴史と豊かな文化・自然を背景に、8つの世界遺産を持つ観光資源の豊かな国であるが、内戦中は危険で旅行者は行きづらかった。現在は北部以外は危険地域外となり、落ち着いてきて人気上昇中である。

イギリス植民地時代に大規模な紅茶のプランテーションが始まり、セイロンティーとして世界的な紅茶の産地となった。今でも中央高原地帯には広大な茶畑が広がり、紅茶の生産量世界2位、輸出量世界1位を誇る。お茶の集積地とコロンボを結ぶ鉄道や道路網が整備され、交通インフラは比較的しっかりしている。

そんな奥深い歴史文化、緑あふれる高原、その高原を走る鉄道網というアブダビに無いものを求めて、5泊6日でスリランカを旅してきた。旅程は下記である。

1日目。シャルジャからエア・アラビアでコロンボ入り。

2日目。コロンボからシンハラ王朝最後の地、キャンディという内陸の仏教都市へ鉄道で移動(2.5時間)。

3日目。キャンディから南部のお茶の生産地、集積地で栄えたヌワラ・エリアへ鉄道で移動(4時間)。

4日目。ヌワラ・エリアから東の田舎町、エッラにバスで移動(2.5時間)。

5日目。エッラからコロンボに鉄道で戻る(10時間)。

6日目。早朝3時台発のエア・アラビアでシャルジャに帰還。

まるで学生のバックパッカーのような旅ではあったが、上述3つのテーマを満喫するとともに、久しぶりにアジア的な雑然さ、活気、多様なヒトやモノとの出会いがあって、ぐったりしつつも充実感溢れた旅となった。

1日目。コロンボの晩飯はローカルな人が集う駅近辺の地元食堂でさっそくカレー。これで約170円。

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ペターと呼ばれる活気あふれる庶民の街。この晩はこの近くの安宿に泊まる。
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2日目。コロンボ・フォート駅から出発。シンハラ文字が可愛らしい。
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キャンディまで乗ったインターシティ(主要都市間の直通電車)。ファーストクラスで800円ほど。
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朝のコロンボ・フォート駅に入る通勤電車の混雑ぶり。アジアだなぁ。
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キャンディ観光の目玉は、世界遺産となっているブッダの歯がある仏歯寺。
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ウダワッタキャレー自然保護区という高台の巨大公園を散歩。高原の爽やかな風と緑の木々に癒される。
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この地の伝統芸能、キャンディアンダンスのショーを見学。

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晩飯はパブで。地元のライオンビールで喉を潤す。
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3日目。キャンディからヌワラ・エリアまで乗った列車の車窓から。限りなく茶畑が広がる風景は、アジア一美しい車窓とも言われる。

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旅行者に人気のルートであり、電車の中は欧米系中心とした若者でいっぱい。ギターを奏でる陽気なスペイン人。

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ヌワラ・エリアはお茶の生産・集積で有名。ティーファクトリーに見学に行く。ここの会社はキリンの「午後の紅茶」の茶葉を提供しているとのこと。
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茶摘みの風景。
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4日目。朝5時30分に車をチャーターして1時間30分ほど南方に走る。世界自然遺産のホートン・プレインズ国立公園、そしてその中にあるワールズ・エンドがお目当て。

入り口付近ではこの地の鹿がお出迎え。
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帰りはお猿さんがお見送りしてくれる。

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熱帯だが標高1,000メートル、早朝ということもあり、着いた時は気温7-8度という震える寒さ。

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公園の中には一周9キロ、約3時間の周遊コースがあり、だんだんと気温が上がる中での自然豊かな大平原の散策はひたすら気持ち良い。
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南の端にはワールズ・エンドと呼ばれる地。ちょっとわかりずらいけど、簡単な鉄条網の先には1,000メートル直下降の断崖絶壁。これは本当に足がすくむ。
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雨季の季節での豊かな水の恵もあり、公園内にはこんな滝や小川も走っている。

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午前中この豊かな自然を満喫し、ヌワラ・エリアに戻って今度はバスで移動。2時間半ほど走ってエッラという田舎町にたどり着く。
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ここも茶畑だらけ。その日の宿泊は茶畑の上に立つ高台のロッジ風の宿。
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森のテラスで鳥のさえずりを聴き、美味しい紅茶を飲みながら優雅な朝食。

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エッラの観光名所は、イギリス植民地時代に作られたナイン・アーチ・ブリッジと呼ばれる石造りの陸橋。19世紀後半に造られてから一度も補修なしで現在も現役。観光客はレールの上を歩きながらここにやってくる。


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晩飯は偶然紹介してもらったAK Ristoroというレストラン。日本人女性がスリランカ人男性と結婚して一緒にやっているインターナショナル系レストランで、ご本人とも歓談させていただく。日本食もあって、思わずふだん食べれないカツ丼を注文、これがなかなかいけました。
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5日目。朝の散歩がてら、リトル・アダムス・ピークと呼ばれる小山に登る。本日も快晴、快適なり。

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さすが敬虔な仏教国。こんなところにもお釈迦様が鎮座されている。
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エッラから帰途につく。エッラ駅は旅行者で大混雑。
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この列車で延々10時間乗ってコロンボに戻る。ちなみにエッラ・コロンボ間の距離は約270キロ。平均時速27キロの計算だ。

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山間の列車ということもあろうが、鉄道システム全体が老朽化していることもありそうだ。コロンボ駅近くでの揺れはひどく、読書もままならなかった。

コロンボではいったんビジネスホテルにチェックイン。夕食、シャワー、仮眠を取って1時に宿を出発、3時40分コロンボ発、7時シャルジャ着で無事帰還した。いやー、やれやれ、楽しかった。気分転換ができて、少し元気がもらえましたね。

以下、道中の雑感、余談、気づきなど。

  • 物価が安い。ホテル代除く交通費、食費などで使ったのは合計3万円ちょっと。まあ俺のバックパッカー的能力が上がったこともあるけどね。
  • 今回日程の関係で中央高原地域しか行けなかったが、他にもシギリア・ロックなど見どころ満載。観光立国として有望と実感。ただし駅員の対応が傲慢だったり、街がゴミだらけですえた臭いがしたり、あるいは帰りの電車の切符が取れずに宿にお願いしてなんとか2等指定を取ってもらったが、正規料金の倍近く要求されたりと、いろいろと改善の余地大。内戦から10年でまだまだ発展途上だからね。
  • イギリス人はお茶の為に当時としては立派な鉄道網をスリランカに構築した。よく言われることだが、砂漠の地であったUAEはイギリス保護領だったけれど病院一つも作らなかった。まあそれが帝国主義の植民地経営ということだろうけど。
  • どこの観光名所に行っても中国人わんさか。世界の人口比で考えると当然だろうし、昨今のスリランカにおける中国マネーの膨張もあるか。
  • 内戦は終わったが、タミル系のタクシー運ちゃん曰く、シンハラ人とタミル人は仲はよくない、まだ今の大統領は最悪と。スリランカは仏教系のシンハラ人7割、あとはヒンドゥー教タミル人とイスラーム、クリスチャンが混在。多民族国家のメジャーとマイナーの共存共栄の難しいことよ。
  • そのタクシー運ちゃんによると、ヌワラ・エリア地区の女性は複数の男性と同時に付き合うことが普通であり、男性もそれを是認していると。検証しようがないけど(笑)、熱帯高原地帯のおおらかさ、早くからのイギリス統治の影響で西洋文化の香り漂う街の雰囲気からは、それもありかなと。
  • 列車の旅の楽しさ。3回乗った電車のうち、2回女性と隣り合わせ。カナダの女性とウクライナの女性。おしゃべりを楽しんだり、一緒にお茶やお菓子を食べたり、つかの間の交流。
  • カリーはほぼ毎日食べていて、俺にはほどよい辛さで美味しかった。お腹も特に問題なかったけど危機が一回。ホートン・プレインズ国立公園の散歩中、急に激しい便意が。公園入り口のトイレに戻るまでは間に合わないこと必至、だだっ広い平原なので隠れてする場所も見当たらず、いわんや世界自然遺産の中である。ようやく森に入って青空トイレやむなしと思ったら、なんとそこに公園内唯一のトイレがあった。あーブッダ様のご加護か(笑)。

国外逃避します

アブダビの野外活動期がそろそろ終わろうとしている。ここ何日間かは雨が降ったり、風が強かったり、砂混じりのダストが舞ったりと不安定な気候が続いている。本日は自転車部の活動日だったが、天候不順のために Al Fudayriat島が閉鎖になってしまい、飲食だけの活動となってしまった。

例年よりもだいぶ涼しい気温のこの時期であったが、日中の最高気温が30度を超え始め、酷暑が近づきつつある。

俺はといえば、いろいろなイベントが続いていてほぼ毎晩酒浸り。仕事のほうも大会議が終了したにも係わらず、ここ数日はバタバタしてちょっと全身摩耗気味。。

考えてみれば、日本以外に国外に出たのは昨年12月前後のネパールとヨルダンで、4ヵ月ほど旅から遠ざかっている。そろそろ旅心が湧いてきている。

心身ともにリフレッシュが必要であり、アブダビ赴任からちょうど1年半サバイバルしたご褒美も兼ねて、ちょっと旅に出かけてくる。この国から一番近い仏教国。アタマをリラックスさせて煩悩を取り払い、緑豊かな自然にまみれてカラダを癒したい。というわけで、本ブログも少しお休みです。

4大学合同OB会

アブダビを中心とした4つの大学のOB会の合同懇親会を開こうという企画が持ち上がり、幹事さんの企画力、実行力のおかげで昨晩、総勢30名超が参集しての盛大な会が実施された。日本で一番有名なKとW、小規模ながらそれなりに名の知れたSとHの各大学である。

アブダビ最大規模の日系会社の所長さん宅にお招きいただき、広大な応接間でご挨拶、自己紹介ののち、美味しい日本食材をいただきながら親睦を深める。参加会社の中心は、石油会社、商社、金融の各社。メーカーは俺だけだった。 

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ちゃっかりこんな場面も(写真掲載はご本人とだんな様の了解を得ています、念のため)。

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懇親の合間には、余興として幹事さんが考えてくれた各校にちなんだクイズがあり、久しぶりに大学事情のことが垣間見える難問、珍問に大いに盛り上がる。

そして後半は各校ごとに校歌、応援歌の斉唱。俺も久しぶりに「三百六十五歩のマーチ」以外の曲を腹の底から歌うことができて(笑)気分爽快であった。下記は最大勢力W大の皆さんの熱唱風景。

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最後は全員で集合写真。S大さんだけ旗なし、今後調達予定とか。

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やっぱり大学というのは自分のベースポイントであり、心の支えになりますな。いやー、楽しかった。幹事役のYさん、運営に汗をかいていただいたA社の皆さん、本当にありがとうございました。