anezakimanのアブダビ日記

アラブ首長国連邦アブダビ首長国に駐在になりました。そこで出会ったことを綴ります。

最終回・アブダビ任務完了

日本に帰任してから3週間経った。最初の週はアブダビ業務のフォローがあり、親会社に出社して会議に出たり、挨拶等あったが、そのあとの2週は仕事的にはまったくのフリー。この間、帰国の手続きで役所に行ったり、会社の退職手続きを進めたり、また海外勤務を終えての健康診断を受けたりと、帰任に関連した庶務関係の作業を進めてきた。

また、田舎の実家に帰省して親兄弟親族関係者に挨拶と共に、一緒に温泉宿に泊まって交流。さらに高校時代の旧友5人と久しぶりに集まり、楽しい時を過ごした。家族とも犬連れで近場のホテルへ1泊旅行に出かけた。この6年間の空白をすこしづつ埋め始めている。

個人趣味的には、日本の美味しい料理を日々感謝を込めて味わい、一時帰国の都度歩いていた鎌倉アルプスをさっそく再訪、まだ暑いながらも自然いっぱいの風景に癒されている。さらに東京国立博物館でやっている「京都・南山城の仏像」という特別展に出かけていって、日本での引き続きの仏教探求の想いも強くした。

アブダビでの事業の経験、知見を俺なりにまとめたレポートを作成してみた。振り返ると、アブダビ滞在6年間の前に、日本でこの事業構想の実現のために実質6年間係わってきていた。すなわちトータル12年間、アブダビ事業に携わってきたことになる。そうして今、それらが一区切りついた安堵感が広がっている。もちろんやり残したことも多いが、これらは後継のチームに皆さんに期待して、俺のアブダビミッション・コンプリートである。

10月から今の会社を退職し、新たな職場、職務にチャレンジすることになった。商品的にはかつて担当していた分野であり、古巣に戻った感はあるが、事業環境的に大きく変化しているはずで、一から出直す心持ちで立ち向かうつもりである。

アブダビ日記も本編で最終回としたい。書き始めからちょうど丸6年。この間の累積ページビューは今現在、24.8万回を数えた。平均1日当たり115回ほど見ていただいたことになる。これまでのご愛顧、まことに有難うございました。

俺の人生の航海はまだまだ続く。これまで、サラリーマン日記、部長日記、アブダビ日記と銘打ってきたが、これからは職務が何であれ、住む場所がどこであれ、俺自身の人生の第二ステージとして、ただの anezakiman、一個の人間としての想い、考え、行動を綴っていきたい。現在構想中であります。ではまた逢う日まで!

週末弾丸パックパッカーを総括する

アブダビ日記の最終ページを閉じるに当たり、もう一つ総括すべき重要な事柄がある。俺が週末弾丸バックパッカーと称している、海外のプライベート旅行である。実は最近、中東政治経済時事問題の老舗月刊メールマガジンの「中東協力センターニュース」という媒体に、俺の拙文を掲載いただいた。この海外旅行のことを綴ったもので、題して「アブダビ発、還暦バックパーカーが行く」(下記リンク参照)。

センターニュース・ライブラリー(PDF) :(一財)中東協力センター (jccme.or.jp)

この内容とも一部重複するが、下記にまとめておく。

アブダビ駐在中、単身赴任でゴルフもしないため、週末は手持無沙汰であった。もともと旅好きだったこともあり、またUAEは狭い国土ながらアブダビ、ドバイ、シャルジャの3つの空港から、中東に加えてアジア、欧州、アフリカの多くの都市に飛行機を飛ばしていて、地理的に便利であった。

とりわけ、アブダビ空港を拠点に Wizz Air、Air Arabia Abu Dhabiと2つのLCC航空会社がコロナ禍後から本格的に欧州、アジア中心に航路を広げたために気軽にあちこち行くことができるようになった。

その結果として、2018年5月の初回のアルメニアから、2023年8月の最後の中欧4か国訪問までの5年ちょっとの間(海外旅行に行けなったコロナ禍の2件間を除くと実質3年ちょっと)で、海外旅行に行った回数が28回,訪れた国は下記27カ国に達した。

  • 中東8カ国:サウジアラビア,カタール,オマーン,イラン,ヨルダン,レバノン,トルコ,イスラエル
  • アジア9カ国:タイ,ラオス,ネパール,インド,スリランカ,ウズベキスタン,キルギス,アルメニア,アゼルバイジャン
  • 欧州8カ国:イタリア,ドイツ,オーストリア,ハンガリー,スロヴァキア,セルビア,ボスニア・ヘルツェゴビナ,アルバニア
  • アフリカ2カ国:エジプト,モロッコ

こうして経験、知見を蓄積してきて、俺なりのバックパッカー道として下記5原則を確立、磨いてきた。

  1. なるべくいろいろな国を数多く見て廻る。週末および長期休暇を最大限活用し,長期休暇以外は UAE から飛行機で3-5時間以内で行ける国が中心。UAEから飛行時間5時間を超えたのは、ドイツ、モロッコ、タイ。
  2. 旅の主な目的は,歴史や文化の道をたどり,自然を体感し,そして地元の料理と飲み物を味わうという3点。
  3. 現地の人たちと積極的に交流を図る。
  4. インフラ的なコストは極力下げる。飛行機は LCC を使い,国内移動は極力徒歩,電車,バスを活用。ホテルもコスパを重視して選択。
  5. 事前に飛行機とホテルは押さえるが,それ以外は気ままに柔軟に現地で対応。それもあって原則一人旅。複数で行ったのは社員と行ったナポリ、アゼルバイジャン、アブダビの友人と行ったキルギス、イスラエル、シチリア島の5回であった。

これまで行った国でどこが一番良かったかと聞かれることがあるが、どの国もいろいろな思い出があり、答えるのが難しい。アジアの野性味や混沌が体感できるネパール、ラオス、インド、スリランカ、キルギス。仏教の聖地インドのビハール州、イスラームの青の聖地ウズベキスタン・サマルカンド。日本以上に日本が詰まっているバンコク。

ドイツミュンヘンで記憶が薄れるまで飲んだオクトーバーフェスト。4軒はしごして翌朝のフェリーに乗り遅れたトルコ・イスタンブール。食べて飲んで楽しいといえばシチリア島含む南イタリアに優るところはない。

中欧のボスニア・ヘルツェゴビナとセルビアの民族浄化的な激しい戦争や、アルバニアの狂信的な指導者による戦後の悲痛な歩みなど、現地に残る克明な歴史的事実を語る博物館に圧倒される。

トラブルもあった。その筆頭はタイ・アユタヤで野犬に噛まれたこと。スリランカでは広大な世界遺産の公園で視野が180度丸見えの中で突然強烈な便意が。。至近ではウィーン発ブダペスト行きの電車に乗るはずが、間違えてチェコに行ってしまった。。

こうした数々の旅の経験を通じて、若者のバックパッカー的な野生的な挑戦心、アニマルスピリットが蘇りつつある気がしている。広い世界を見渡して、逆に日本の良いところを見直したこともある。

比較的自由になる生活環境、アブダビという地理的利点がなければ、ここまで行くことが無かったかなと思いつつ、今や日本含む世界中どこにいようと、バックパック一つで飛び立てるフットワークの軽さは確かに俺の心と体にしっかりと刻み込まれた。「日本発、還暦バックパッカーが行く」も引き続きトライしていきたいね。

出立の日

とうとうアブダビ最後の日となった。連日連夜の酒浸りながら、目覚めの頭はすっきりしている。起き掛けに坐禅を10分したあと、ホテル近辺を最後の散歩。7時前だと暑さも幾分和らいできた。

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散歩しながら、大好きな坂の上の雲の主題歌を口ずさむ。

『Stand Alone』作詞:小山薫堂 作曲:久石譲

ちいさな光が 歩んだ道を照らす

希望のつぼみが 遠くを見つめていた

迷い悩むほど 人は強さを掴むから 夢をみる

凛として旅立つ 一朶の雲を目指し

あなたと歩んだ あの日の道を探す

ひとりの祈りが 心をつないでゆく

空に手を広げ ふりそそぐ光あつめて

友に届けと放てば 夢かなう

はてなき想いを 明日の風に乗せて

私は信じる 新たな時がめぐる

凛として旅立つ 一朶の雲を目指し

新たに旅立つ俺にとって、赤字の部分を中心に気持ちにぴったりくる。最近はこの歌をいろんな人に薦めて、静かなブームになりつつある。

その後出社して書類の整理などして、早めに退社してレジデンスの荷物をパッキング。チェックアウト後、ルーブルアブダビでアブダビのお釈迦様にも最後のご挨拶。

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そしてNIRIに向かう。長らくお世話になったTシェフ、Iオーナーと別れを交わす。

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そうして、やるべきことをすべてやり尽くした満足感を抱いて、俺は家族の待つ日本に帰るのであった。いま、会いにゆきます。

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人生パーパスに向かって

前回のアブダビ自転車部メンバーに加えて、帰任が決まって以降、いろいろな方に壮行会を催していただいた。とても温かい声援で、アブダビから俺を送り出してくれる皆さま一人ひとりに感謝申し上げたい。

事業FSの頃から東京でお世話になり、こちらに来てからは家族ぐるみでお付き合いさせていただいてるドバイ在住のNさん。世界に羽ばたこうとしている起業家だ。

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バーレーン在住のHさんと、俺と同タイミングでドバイから帰任するBさん。気の置けない仲間だ。

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アブダビの歴史に刻まれている日本が誇るA社の幹部、UさんとKさん。

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俺はゴルフしないけど、時々呼んでいただいた寛容なゴルフ仲間の皆さま。

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最近発足された広域県人会の皆さま。地域がら、皆さんお酒大好き。

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こんな方たちともたまーに。

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異業種交流会の皆さま。メンバー変われど、長く続いている。こちらも日本支部あり。

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株主関係の方とドバイの茂木屋で。

このお店含むドバイで多店舗経営している居酒屋王のMさんには大変お世話になった。


インド人の強力スタッフ、家族ぐるみのお付き合いをさせていただいた。

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こちらのインド人女子社員はいつも俺を支えてくれた。

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同じ歴史を刻んできた同業関係者の皆さま。

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アブダビで数少ない日系製造業のA社さん。

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最大顧客A社の幹部の方とランチ。

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最後は社員、株主関係者の皆さまとしめる。俺のたっての希望で、Panda Bao Baoの仮設イートイン場所を借り切ってワイワイガヤガヤ、大団円となった。

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ここに挙げれなかった方たち含めて、皆様には大変お世話になりました。ありがとうございました。

アブダビでの生活を通じて昨年作った俺の人生パーパス、「コミュニケーションの力を信じて、人との出会い、対話、理解、共感、感謝を通じて、自分と自分の周りの世界を楽しくワクワクする場に」に向けて、日本でも引き続き歩んでいきたいと思います。皆さま、またどこかでお会いしましょう。アルハムドゥリラッ!

アブダビ自転車部、総括&ラストラン

俺のアブダビ生活を振り返った時、アブダビ自転車部のことを触れずにはいられない。2018年の4月に入部して以降、いろいろなサイクリングコース(Yas CircuitならびにYas公道、Al Hudayriat、Al Wathba、DubaiのAl Qudraなど)での自転車漕ぎ、反省会と称する懇親会、自転車には関係無いけど部員交流としてのテーマパーク、ボート、砂漠キャンプなどのイベント、アブダビ外への遠征、ダンスのビデオ撮りなどなど。週末弾丸バックパッカーと並んで本ブログコンテンツのメインを占める俺の中心活動であった。さらに自転車部ネットワークを通じた出会いにより、アブダビ日本人社会が驚愕するカップルも至近で誕生した。Aさん、Hさん、おめでとうございます。

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ここまでの5年半を総括してみると、メンバー構成によって活動内容にも変化があった。初期の頃は反省会で酒禁止といった禁欲的運動でスタート。スポーツ後はビールなしでは生きていけないメンバー(俺か・苦笑)によるアルコール解禁、さらにイベント好き・ノリノリのメンバーによる自転車以外の企画への発展、しかしながらそうした積極的関与メンバー帰任による低迷期、さらに入部基準を緩くしたことによる実質活動メンバーの更なる減少。そうした消長を経て今、俺も日本に帰国しようとしている。さらにもう一人の中心メンバー、Sさん。自宅流しそうめんや砂漠での豚生姜焼きと言った絶品の料理人にして、優しい微笑で部員を勇気づけ、部室まで提供してくれた最大のコア人材も9月末に帰任の予定である。駐在員の宿命である。

しかしながらこのコミュニティーは、帰任後も継続し、日本を中心としてアブダビ自転車部というアイデンティティを保ちながら、折に触れて懇親会で集まったり、イベントの紹介、そして企画実行が継続してなされているのである。俺もアブダビ自転車部の日本支部のメンバーとして引き続き交流していきたい。

老若男女、組織も会社もバックグランドも性格も違うメンバーが、たまたまアブダビで時間と空間を共有し、自転車を一つのきっかけとして集まった。自転車を漕ぐという運動性、自転車のメカニックやブランド、レースへの関心、反省会という飲み会での交流、イベント参加の楽しみなど、それぞれの趣向と関心に応じて出たり入ったりできる場。そうした場がアブダビという異国で、単身で、しかもコロナという渦中で、どれだけ俺を助けただろうか。

アブダビ在住メンバー減少により、一時は存続が危ぶまれたアブダビ本部(最近は華のアブダビ自転車部と称している)だが、最近では自転車メカおたく、自転車レースおたくの人が入り始め、そうした人中心に活況を呈し始めている。時代やメンバーに合わせて融通無碍に変化しながら、皆が楽しめる場がアブダビという海外の地で継続して存在することが重要なのだと思う。

俺のアブダビ在住中の自転車部活動も最終コーナーを回った。先週金曜日には壮行会を開いていただいた。総勢14名がアブダビ自転車部の食堂とも言えるレストラン・チャイナに参集、賑やかに俺の新たな旅立ちを祝ってくれた。

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M子さん自作の記念の盾のほか、部員の方からこんな素敵な寄せ書きまでいただいた。

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Yasサーキットでもう一度走りたかったが、月水の都合がつかず、日曜日にYas一周公道コースを走る。N幹事と一緒に1時間半ほど汗を流した。

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このコースは自分で島の極力外々と走って開拓しただけに、思い入れが深い。

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昨日は本当のラストラン、H島10キロコースを2周した。この島も走り始めた頃は何もなかったが、いまではすっかり総合スポーツセンター的に充実してきた。

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アラビア海に沈む夕陽を背にして。

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ラン後、こちらも最後の反省会。場所はアブダビ自転車部野外レストランともいえるインターコンチネンタルホテルのベルジアンカフェ。反省会だけの方含めて9人参加。

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まだまだ熱帯夜の野外で、定番のビール、ポークフェスティバル、ムール貝を味わいつつ、皆さんとのアブダビでの最後の時間を惜しみながら楽しく過ごす。

本当に最後。俺の愛車、アルラハ号、4年半のお付き合いであった(買ったのは2019年1月)。この間、俺をずっと支えて励ましてくれたようだった。日本に持って帰ることも考えたが、道路事情考えると使わなくなることが想定され、それであればこちらで誰か乗ってくれる人に引き継げればと、いったんN幹事にお預けした。

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アブダビにおける全活動満了。アブダビ自転車部の皆さん、長い間ありがとうございました。

500回という節目で再出発宣言

今日から9月である。そして今回のブログ更新がちょうど500回目となる。書き始めが2017年10月1日だから、きっかり5年と11か月と1日の期間である。平均月に7回、2週間に3回づつ更新してきたことになる。そして俺がアブダビに赴任してきたのが同年9月19日、もうすぐ丸6年経過する。こんなに長くいるとは思ってもみなかったけど。。

この節目のタイミングで、アブダビ日記の終了を宣言することになった。日本への帰任が決まったのだ。6年間、仕事に勤しみつつ、この日記で書いてきたように、仕事以外の様々な方との交流(アブダビ自転車部、異業種交流会、その他もろもろ)、週末弾丸バックパッカー的海外旅行(28回27か国)、体と心の鍛錬(サイクリング、ウォーキング、マラソン、カヤック、ヨガ、坐禅)、そして自己啓発(放送大学大学院修了、コーチング、発酵道、原始仏教)と、振り返ってみると自分でも驚くべき活発な活動ぶりであった。

この間、敢えて総括してみると、最初の2年間は初めての海外経営仕事や単身赴任生活への適応に向けた始動期、ある程度適応してきたと思っていたら、真ん中の2年間はCOVID19 の真っ盛りで、自分で夜道の徘徊と自嘲した厳しい期間であった。夜道は4未知の意も持ち、未知の国で、未知の仕事を、未知の人たちと、未知の環境で、という未知だらけの中での模索期間であった。

明けない夜はないという言葉通り、明かりが差してきてその期間を何とか乗り切り、最後の2年間はそれまでの交流、学び、思索が発展充実した成熟期と言えるかもしれない。還暦とも重なったので、次の人生を真剣に考え始めた時期でもあった。この始動期、夜道期、成熟期の3期間に呼応するように、結果的に住む場所も変えてきた。

アブダビを出国するまでにもう少しあるので、あと数回は更新するかもしれないが、実質的には俺の anezakiman日記シリーズ 3部作(サラリーマン日記、部長日記、アブダビ日記)の完了である。ここまで、俺の拙文をお読みいただいた方々に感謝申し上げます。そしてここまで支えていただいた家族、社員、友人知人、そしてUAEという国に対して、厚く御礼申し上げたい。本当にありがとうございました。

日本での家族との生活、仕事、仕事以外の学びやライフシフトといった、新たな出会い、導き、気づきの予感に心をワクワクさせながら、ここに再出発宣言をさせていただくものであります。