オーストリア・スロバキア・ハンガリー・セルビア旅行記・前編
表題の中欧4つの国(後述するように厳密には5か国)を廻ってきた。日曜日早朝に出て月曜日早朝に帰って来る7泊9日の長旅であった。中欧はこれまで、ボスニア・ヘルツェゴヴィナとアルバニアに出かけてきた。今回もこのバルカン地域特有の複雑に絡み合う歴史、そこではぐくまれた多彩な文化、そして多種多様な民族・国民の意識との出会いに大いに感銘を受けた。
加えてこの時期、南欧州は異常な猛暑とのことだったが、(当たり前だけど)アブダビよりはずっと涼しく、夜8時前後まで明るいことも含め、あちこちの都市の街歩きを楽しみ、毎日平均2万歩あるいた。
全体の行程は下記である。
- Etihad便でオーストリア・ウィーン着。バスでスロバキアの首都ブラティスラバに移動。さらにそこから車でニトラという都市で日中過ごす。ブラティスラバ泊。
- 午前中ブラティスラバ観光後、ウィーンに戻って観光。ウィーン泊。
- ウィーンから鉄道でハンガリーの首都ブダペストへ移動。ブダペスト観光。ブダペスト泊。
- ブダペスト観光、ブダペスト泊。
- ブダペスト観光。ブダペスト泊。
- ブダペストからセルビアの首都ベオグラードへバスで移動。ベオグラード観光。ベオグラード泊。
- ベオグラード観光。ベオグラード泊。
- 午前中ベオグラード観光。WIZZAIR便でアブダビへ。
- 早朝アブダビ着。
7泊のうち、ブラティスラバ1泊、ウィーン1泊、ブダペスト3泊、ベオグラード2泊である。ツアー宣伝文言的には「夏の中欧4都市の歴史・文化・食・自然・人との出会いを楽しむ8日間の鉄道・バスの旅」とでも表現できる、とても効率的・印象的な旅行であった。以下、時系列的に振り返る。まずはオーストリア・スロバキア編。
Day 1。
朝3時アブダビ発、7時ウィーン着で飛び、そのままウィーン空港からバスで1時間のブラティスラバのバスターミナルに着く。そこで本日一緒に過ごす予定のMさんに出迎えてもらう。
Mさんというのは旧知のスロバキア人青年で、日本留学経験があり日本語ペラペラ。ドバイのコンサル会社で働いており、俺の友人でもある大和撫子(アブダビ自転車部)のMM子さんと結婚。ちょうどこの時期、お子さん含めた一家3人でスロバキアの彼の実家で過ごしている。そのことを偶然知り、この日ご実家にお邪魔させてもらうことになったのだ。
彼の実家のニトラまで車で1時間。車中ひさびさにMさんとお喋りしつつ、ニトラの城などを巡って彼の実家に着いたのが昼前。欧州ロジの軽快さに感銘しつつ、さっそくビールで乾杯。何度かあっている1歳半のご子息S君とも感動の再会。
お宅の緑溢れる素敵なお庭。
その後、庭の野外でMさんパパ、その友人たちも入ってのバーベキューを楽しみ、お腹が膨れて一休み。
この日たまたまニトラの収穫の祭りがあり、皆で市街地に繰り出す。ビールを飲みながら街歩きを楽しみ、民族衣装を着た若者の踊りを鑑賞する。
19時過ぎにMさん一家の皆さんに感謝とお別れを告げ、俺ひとりブラティスラバのホテルにバスとタクシーで戻る。こうして中欧初日は友人一家との再会、地元色たっぷりの楽しい時間を過ごした。
Day 2。
ブラティスラバはドナウ川に沿ったスロバキアの首都。こぎれいな小都市の印象で、聖マルティン大聖堂、ミハエル門などの旧市街、そして高台にあるブラティスラバ城(その中にある国立歴史博物館)を中心に午前中散策。
旧市街の広場には大勢の観光客。
そこで出会ったドバイから来たというフィリピン女子軍団と思わず記念写真。。
ブラティスラバ城。
そこから見晴らすドナウ川。
昼前にバスに乗り込み、ウィーンに戻って中央駅近くのホテルに荷物を預ける。このハプスブルグ帝国の豪華絢爛な首都は、昨年6月に1日半探索しており、今回は半日のみ。まずは前回来た時も行った日本橋という和食店の美味しいカツ丼で腹ごなし。
前回行けなかった美術史美術館に焦点を絞り、ここで日本語のテープガイドを借りてたっぷり3時間見て廻る。マリア・テレジア像の後ろに控える荘厳な美術館。
ブリューゲルのバベルの塔。
未亡人のマリア・テレジア。
とにかく広大な展示で、余りに多くの絵画を観て説明を聞いてさすがに疲労感を覚える。ホテルへの帰途、中華ヌードルで簡単に夕食を済ませて宿に戻って早々に寝る。
Day 3。
欧州入りして以来、真っ青な空と爽やかな空気を毎日浴びてきた。この早朝もそうした気候を体感しながら、ホテル近くに有名なベルヴェデーレ宮殿があることに気付き、さっそく行ってみる。ため息がでるほど見事な建築物の周りを、足取りも軽く散策。天気も20度ちょっとと最高。
本日はウィーン中央駅からハンガリーの首都ブダペストまで鉄道で行く予定で、チケットもネットで事前に買ってあった。9時49分発の特急列車でブダペストまで2時間半。早めに駅に着くと20分ほどの遅れの表示。駅構内の売店でパンとジュースなどを買って食べてブラブラしていると、遅れがどんどん解消していく表示に更新され、気が付くと発車予定時間になっていた。。
慌ててホームに駆け上がり、立派な特急列車が今にも発車しそうな気配だったので飛び乗る。すぐにドアが閉まり、やれやれ間に合ったと安心して、車内の乗客に「この電車、ブダペスト行きだよね」と聞くと、「いや、ポーランドのクラクフ行きだよ」と。しかも次の停車駅はオーストリアを出てチェコだと。Oh my goushe、やっちまった。。
期せずしてチェコにも入ってしまうことになったが、まあこれも旅の一コマだと観念、特にブダペストでの決まった予定もなかったので、空いている席に座ってパンなどかじりながら気持ちを落ち着かせる。
切符チェックにきた駅員に事情を説明、彼にブダペストまでのリカバリープランを尋ねる。スマホで時間をチェックした後、次の停車駅のチェコの Breclav(ブジェツラフ)で下車、いったんウィーンに戻って別の特急列車に乗れとのご指示。ウィーンまでの往復の料金は見逃してやるよと。
1時間ほどこの間違った列車にゆられ、チェコ国内に入りBreclav 駅に到着。ここでウィーン行きの列車ホームを探しているとブダペスト行きの電車の表示が。この電車がどうやら定刻より遅れており、定刻なら間に合わなかったので駅員は一旦ウィーンに戻れとの指示だったと推察。普通電車っぽかったので、時間はかかるが戻るよりましと判断して乗り込む。
この判断は正しく、そこから4時間ほどでブダペストに行けたのである。しかも車中で切符チェックのオバサンに事情を説明して料金払うと言うと、あとでまた来ると言って結局来なかった。見逃してくれたのか、面倒だったのか、忘れたのか。神は我を見捨てなかった(おおげさ・苦笑)。
こうしたハプニングはあったが、午後3時過ぎに無事ブダペスト中心部の駅に着いた。やれやれ。。
中編に続く。