anezakimanのアブダビ日記

アラブ首長国連邦アブダビ首長国に駐在になりました。そこで出会ったことを綴ります。

アラビア石油というニッポン会社物語

以前、アブダビ沖で原油の開発・生産を行っている当地のアブダビ石油という会社を紹介した。株主はコスモエネルギー系64.4%、JX系32.2%、関電・中電1.7%ずつという純粋な日本企業である。実はアブダビ石油よりも有名だった日本法人の石油会社が、アラビア湾のサウジアラビア・クウェート中立地域に存在していた。アラビア石油である。

アブダビ石油発足からさらに遡ること10年の1950年代末、日本の自主開発油田の確保という国是により、当時の政財界の絶大な支援を受けて、名物経営者の山下太郎氏(通称アラビア太郎)が主導してサウジ・クウェート両国から油田の権益を獲得。そして当時の石油開発技術者の第一人者、山内肇氏が総指揮を執って、わずか1本の試掘井で巨大な油田を掘り当てたという伝説の石油会社である。この辺りの事情はNHKのプロジェクトXで放送された内容を書籍化した下記本(ただしKindleのみ)に詳しい。

 その後も順調に生産を伸ばして企業として成長を続け、1968年から1985年の間、国内経常利益ベストテン企業の常連で、そのうち5年間は経常利益でトヨタ自動車などを抑え国内首位であったという。しかしその後2000年前半にサウジ、クウェートとの権益更新に相次いで失敗して石油開発生産という基盤事業を失い、現在は富士石油の子会社として販売のみの会社として名をとどめている。

俺も石油業界に関連した事業に携わっているので、通称アラ石の存在は知っていたが、こうした顚末になっているとは思わなかった。なぜ今頃アラ石か。下記本をアブダビ在住の知人から勧められて読んで、改めてこの会社の数奇な運命を感じさせられたからである。

小説湾岸戦争 男達の叙事詩

小説湾岸戦争 男達の叙事詩

  • 作者:伊吹 正彦
  • 出版社/メーカー: 財界研究所
  • 発売日: 2013/04/01
  • メディア: 単行本
 

この本は、1990年8月のイラク軍のクウェート侵攻以降、イラクによる外国人人質(人間の盾)、そして1991年1月の湾岸戦争勃発とその終結、戦後処理という1年ほどの間におきた中東の動乱の中で、クウェート中心から150キロ、サウジ・クウェート両国の国境からわずか18キロの距離にあったアラビア石油の主力拠点、カフジ油田に勤務していたアラビア石油社員およびその周辺の人たちの人間ドラマである。小説と銘打っているが、その圧倒的なリアリティーから実際にその場にいた元社員による実話である。そして昨今の中東事情の緊迫化を考えると、弊社にも無縁ではないような話なのだ。

目と鼻の先で侵略、戦闘が起きているにも係わらず、サウジ政府から退避は許さず、絶対に生産継続せよとの政府命令が下される。カフジが唯一の生産拠点だったアラ石がもし逆らえば石油開発権益を没収され、会社としての存続が危うくなり従わざるを得ない状況の一方で、実際にカフジに勤務している社員の生命を危険にさらしているという矛盾した状況が出現する。

その狭間で苦悩しつつサウジ政府と交渉を続ける経営陣、会社に帰国を訴えつつも聞いてもらえずに死の恐怖に耐えかねておかしくなる社員、家族だけ帰すことになった人たちの別離の悲哀、家族離ればなれの中での心配や愛情、人命軽視と攻撃するマスコミや世論、その渦中に立って人心をまとめつつ、日々起こる問題に必死になって対処する主人公含む現場リーダーたち。さらにアラビア石油という社名にも係わらず、過酷な中東勤務を嫌って社内でうまく立ち回って現地勤務を巧妙に避ける本社のサラリーマンたち。まさに迫真の人間ドラマ、究極のリーダー論である。

歴史的結末としては、人質になった人たちは解放され、実際の戦争が始まってカフジが攻撃された直後にカフジ勤務者全員が命からがら脱出し、誰も死傷者を出さずに帰国できたわけだが、その間の壮絶なストレスが別な悲劇を生む。

ネタバレ過ぎでここら辺りで本の紹介は止めておくが、それにしてもそこまで忠誠を尽くして命を懸けて油田操業、石油出荷を継続したにもかかわらず、10年後には油田権益を奪ってしまうサウジという国の強国振り。当時、日本側の負担による鉱山鉄道の建設・運営も権益更新のセットという条件に交渉が決裂したそうである。

同じ中東の地の歴史ある日本の石油開発生産会社、アブダビ石油とアラビア石油。発足経緯も規模も時代背景も異なるが、アブダビの会社は現在も隆々として生産を続けている(2042年までの権益継続確保)。サウジの会社は政財界の期待を一身に担って華々しく発足、成長して湾岸戦争の荒波も乗り越えたものの、結局権益を失って実質消滅した。中東で働いている日本人として、後者の会社も忘れずに記憶にとどめておきたいと思った次第である。